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大井町線等々力駅から歩いて7分。閑静な住宅街の中にある上杉医院を訪ねた。清潔感に溢れた待合室には、医院の歴史を刻むかのようにイヤープレートが飾られている。院長の上杉先生は、ラグビーの話には少年のように瞳を輝かせて話し、医療については熱っぽく、そして、ご自身の病気について話が及ぶと胸を詰まらせていた。そんな姿に深い温かさのようなものを感じた。(取材日2007年4月12日)
祖父を看取った医師の姿が焼きついている
―どのような少年時代をお過ごしでしたか?
東京都目黒区で生まれ、小学校5年生のときに等々力に引っ越して以来、36年間ずっと等々力育ちです。小さい頃は、とてもやんちゃでいたずらばかりしていたので、先生に叱られては教室のスミに立たされたりしていましたね。小学生のころに、当時まだ珍しかったラグビーと出会い、大学でもラグビー部に所属していました。社会人になった今でも仲間たちとラグビーを楽しんでいます。
―医師を志したのは、どのようなきっかけからですか?
小さい頃から医師に憧れていたわけではなく、船乗りになって世界を回りたいと考えていました。医師になることを決意したのは高校生になって進路を決めなくてはならなくなってからです。ラグビーを始める前の小学校1〜2年生までは身体が弱くて、かかりつけの医師の先生に診ていただく機会が多く、痛みや苦しさから助けてくれるその先生の姿がかっこよく見えたので、医師という職業に対して、とてもいい印象を持っていました。その先生は祖父が亡くなるのを看取ってくださったのですが、畳の上で家族に囲まれて死を迎えた祖父の姿が目に焼きついています。これらの経験から、医師になって人の役に立ちたいと考え、この道を選びました。
―さまざまな診療科目の中で内科を選んだのはなぜですか?
全身を診ることができる内科に興味を惹かれました。さまざまな科の中で内科は基本だということも選択した理由のひとつです。ラグビー部の先輩がいたこともあり、内科の中でも消化器内科の医局に入局し、北里大学病院で研修医としてスタートを切りました。医師は想像以上にハードで、内科と言えども特に新人時代は体力勝負でした。
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