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青空の広がる小春日和。たまプラーザ駅近くの、甲状腺疾患・糖尿病・高脂血症を専門とする「長谷川内科クリニック」を訪れた。広々とした待合室には大きなぬいぐるみが並べられ、テレビモニターには海の底を悠々と泳ぐマンタが映っている。「ぬいぐるみはね、全部コレですよ」といって、UFOキャッチャーの仕草をする長谷川 眞院長。さらに、「マンタのVTRも僕が南の島で撮ったの。あっちょっと待っていて。ほかにもいい写真があるんですよ」と笑顔で駆けていく姿は、どこかやんちゃな少年のようでもある。一方で医療の話になると、「大事なのは本質を見極めること。安易な迎合はしない」という確固たる信念が窺える。明るく堂々と本音でしゃべる長谷川先生。その話は、まさに本質をついたものだった。(取材日2008年2月29日)
医大なら作家にも音楽家にもなれると思ったけど、とんでもなかった。
―小さな頃は、どのようなお子さんだったのですか?
あまり優等生ではなかったね。悪ガキでした。東京の下町に住んでいたんだけど、ガチャガチャした町でメンコやベーゴマで遊んでいるのが似合うような子というのかな。高校からは柔道をはじめ、授業中も日曜日もほとんど部室で練習していました。といっても、柔道の何が面白かったってこともないんだけど・・・あえていえば苦しいところに惹かれたのかな。いや、だって、本当につらいんですよ。だから今でも、"スポーツ=体を痛めつけるもの"という感覚があるんですよね。最近は趣味でゴルフをやっていますが、ゴルフに関しても徹底的に身体を駆使しないと満足できなくなっています。
―医師を目指した動機についてお聞かせいただけますか?
父が開業医で、夜中に電話で起こされて出かけていく姿を見ていて、幼いながらに「僕は絶対に医者になりたくないな」と思っていたんです。でもいざ大学の進路を考える際に、「将来どうしようかなぁ」と思いつつ、やっぱり医者もひとつの選択肢に入ってくるわけです。実は、私の兄である長男は別の道に進み、次男がすでに医大に通っていました。彼いわく「医者になるなら医大に行かなくちゃいけないけど、医大を出て作家や音楽家になる人はいる」と。「そうか。じゃあとりあえず医大に進んでおけば、みんなあきらめなくて済むか」と思って、受験したんです。でもいざ入ったら、まず「医者にしかなれない」と思いました。ほんとに勉強することがいっぱいあるんです。こんな年になったって勉強に追われているのに、ほかのことで生計を立てようなんて、よほどの才能がなくちゃできないですよ。
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