TOP > 全医院・病院 (2451) > 森島小児科内科クリニック
森島小児科内科クリニック
森島 昭院長
鷺沼駅 (宮前区) / 小児科、内科
 

森島小児科内科クリニック 森島 昭院長 特別取材1 (小児科他/宮前区/鷺沼駅)

←前123次→

鷺沼駅から車で5分ほど、有馬団地の中ほどにある真新しい白亜のビルが森島小児科内科クリニックだ。昨年、改装したばかりだという同医院。外装はもちろん、待合室には熱帯魚が泳ぐ水槽や陽光を取り入れるブロックガラスなど清潔感が漂い、バリアフリーやおむつ替えのベビーベッドにも対応。自然とリラックスできる気配りの行き届いた環境が、小さな子供連れのファミリーやお年寄りに好評だ。1972年(昭和47年)開業という歴史があり、当時まだ無医地区だったというこの地域に、待望の医院ができたということで、朝日新聞川崎版のトップを飾ったという逸話も。以来、4代に渡り通い続ける家族もいるという地域に根付いた名医・森島先生にお話を伺った。(取材日2008年5月10日)


医師になり、小さな命を救いたいと思った幼少期

―医師を目指そうと思ったのは、いつ頃なのですか?

実は物心付いた時には、自分は医者になるんだと思っていましたね。なぜかというと赤ちゃんの時に疫痢にかかり、奇跡的に助かった経験があったからなんです。医師からは「もう時間の問題です」と匙を投げられ、両親の必死の看護で一命を取り留めたことを聞かされ育ったんです。そんな経験を通し、子供ながらに医師になり、小さな命を救いたいと思っていたんですね。そして、医学部に進学。小児科を選んだ時も迷いはなかったです。医学部生の時代から小児科の医局に通い、先生方と親しくなり、かわいがられていましたよ。高校受験のための勉強の時も、近くの公園で騒ぐ子ども達の遊び声を、心地よく感じ学べた程でしたから、多分根っから子どもが好きなんですね。

―宮前区に開業した経緯を教えてください

1972年当時、医師として駆け出しだった私は、高津区のある病院で夜間当直のアルバイトをしていたんです。まだその時は、開業は目標であり、だいぶ後の事だろうと考えていました。そんな時、病院の先生から「将来的には開業を考えているの?」といわれ「はい」と答えたら、地元の市議会議員などに紹介されて、あっという間にもう場所まで決まってしまった感じなんですよ(笑)。そのことは新聞のトップを飾るほどの出来事でもありました。当時は、川崎喘息公害などもあり、医師のいなかったこの地域の人々は開業医院を待ち望んでいたんですね。ですから、特に広告などを出さなくても、狭い待合室はいつも満員電車のような状態。開院当初から、病院と往診を繰り返す忙しい日々が始まったんです。

←前123次→