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渡辺内科消化器科医院
渡辺義郎院長
新百合ヶ丘駅 (麻生区) / 消化器科
 

渡辺内科消化器科医院 渡辺義郎院長 特別取材1 (消化器科/麻生区/新百合ヶ丘駅)

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新百合ヶ丘駅とたまプラーザ駅を結ぶバス通り沿い。うららかな春の日差しに誘われ、ツツジの花や新緑が通りを賑やかに彩る山口台の住宅街に渡辺内科・消化器科医院は佇む。昭和37年の開院以来、親子2代に渡り地元密着の医院として活躍。まさにこのエリアのホームドクターとしての役割を担う、町のお医者さんが渡辺先生なのだ。「風邪や消化器系の診断はもちろん、ぎっくり腰や精神的な相談まで、まずはうちで診て、そこから専門的な病院を紹介するケースは多いですね」と2代目・渡辺義郎院長。現在の医院は、開院当初の柿生から新百合ヶ丘へと移転を経ているが、古くから柿生や新百合ヶ丘周辺の住民にとっては、気心知れた町のお医者さんとして絶大の信頼を得ている。(取材日2008年4月29日)


当時の内科は間口が広かったこともあり魅力を感じました

―医師を目指そうと思ったのはいつごろですか?

もともと父が医者だったので、小学生のときには白衣を着て働く父の姿に憧れを持っていました。漠然とですが自分は父のようになるんだと思っていましたね。ですが中学、高校時代は反抗期もあって、「父とは同じ道を進みたくない。自分の人生は自分の手で切り開きたい」という想いもありました。当時は、物理が大好きで航空宇宙研究会などにも所属しており、ロケットを作る仕事に携わりたいと本気で考えていましたね。しかし、大学進学を考え出すころには「家を継いでほしい」と願う母の気持ち、それとは逆に「好きな道を進みなさい」と見守る父の姿、親しい友人の誘いなどもあり、自然と気持ちの整理ができ、自ら医療の道を志していましたね。父親が強要せず、あえて進路を自由にさせてくれたことが大きかったのかもしれませんね。

―千葉大に進学し内科を選ばれたのはどうしてですか?

まずは外科と内科という選択で、内科を選びました。自分の体がそれほど大きくなかった事で体力的にオペなど常に厳しい現場に立つ外科は厳しいと思っていました。また、当時の内科は間口が広かったこともあり魅力を感じていましたね。働くうちに自分の興味や適正がわかればいいなと思ったんです。実際、勤務先となった千葉大付属病院では肝臓癌の診断や治療の最前線で働くことができ「アルコール注入療法」など、当時の最先端技術を目の当たりにできたのは、医師としてのやりがいや醍醐味を味わえた貴重な経験でしたね。早期の胃癌についても症例を多く集め、どこが違うのか診断するなど「誰もやっていないことをやっている」という充実感とやりがいを覚えた時期でした。また、この時に信頼できる先輩や同僚と出会えた事も、後の自分の方向性を形作ったと思います。

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